何かものを書きたくなった時のための場所

Whenever you'd like to note something small,,,

最近観たもの

意外にゆっくり書く時間がなくてようやく。

この夏観てたのは

 

八重の桜

シン・ゴジラ

君の名は。

 

どれも共通するのは、失ったもの、「喪失」がストーリーの背景にある点かな、と思う。

 

無数の可能性が世にはあり、選び選ばれて、その中で生きているのが人間だけれども、

選ばれなかった世界について想うことも、とても大事だ。

 

とびきり良いのは 君の名は。 だ。

また、機会があれば考えたことを書きたいと思う。

 

 

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休日

 久しぶりに書く。来月から職場が変わり、多少は自分の時間ができると思うので投稿の機会も増えるかもしれない。少しでも日々のことを残しておきたい、という気に最近なってきた。

 今日は土用の丑の日なので、伊豆栄本店@上野でうな重!!!

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 老舗の味。夢がかなった。

 蓮で埋め尽くされる不忍池を横目に、旧岩崎邸庭園に足をのばした。三菱の偉い人のお屋敷。

f:id:kb_kou:20160730152024j:plain 和館のほうにはお茶屋のスペースもあって、抹茶と宇治金時に涼みながら安らいだ。


 夕方は友人の出るCombinir di coristaの演奏会に。意欲的なプログラムで楽しかった。聞いたのは、

マトラの風景(コダーイ

春と修羅信長貴富

Jesu, meine freude (Bach)

 Leonardo Dreams of His Flying Machine (E. Whitacre) など

 よい演奏が多かったが、特に最終ステージのMonteverdiとWhitacreがよかった。15世紀イタリアの想いや夢が、500年の時をこえて現代にも生きている、ような思いがした。

"Leonardo, vieni à volare! " 

夢の中でレオナルドが聞いた声が自分にも響いて、感じられた。

 明日から新しい土地に移り、新しい環境で生活する。どんな経験があるだろうか。

 

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怒りのアムステルダム(22/2/2016)

いよいよ旅の最後の地、オランダはアムステルダムに向かう。
ケルンから、ICEというドイツが誇るハイテク満載の高速鉄道を使ってゆく。
二等でも十分、新しく清潔で快適な客車。
(正直、ユ○ロスターとは次元が違う)

そういや日本には新幹線というものがあったが、あれは凄まじいものであったのだなあと気づく。
ドイツ人も含めヨーロッパ人はみな感動するんじゃないか。


ネーデルラントの"低地地帯"に入ると牧草と風車の景色になる。
しかし、眼を和ませたのも束の間、車内にちょっとした緊張がこの後走る。

入国後、最初の駅で私服姿の男女一組が乗ってきて、
パスポートの掲示を求めてきた。入国審査官だ。
あせって、荷物から旅券を取り出したのだが、
僕には目もくれず、僕の前に座っていた中東系と思われる女性連れに、詰問している。
しかし、彼女たちは英語がわからないようだ。

すると、さらに前方の離れた席から、少年がやってきた。
比較的、聞き取りやすい、しっかりした英語で答える。
親子であったらしい。
そして、パスポートは持ってないのだという。

理由を問われると、案外彼らは正直であった。
アフガニスタンからの難民である旨、母国から陸路、ギリシャまできて、そこから電車で乗り継いでここまでやってきたこと。オランダに行きたいのだが、身寄りがいるわけでないこと。彼自身は15才であること。

結局彼らは次の駅で降ろされた。
どこに連れて行かれるのかは分からないけれど、
送還か、何らかの拘束なり審査なりがあるのだろう。

いま西欧に中東から難民が押し寄せていること、
そしてオランダは近年、移民に対して厳しい政策をとっていたことは知っていたが、
その現実を目の当たりにした思いだった。

僕は不法移民か疑われもしなかった。
いろいろ事故はあったが、自分の国を離れ、こうして好きなように旅してきた。
そして自分の国に戻り、また比較的安全な日常を過ごしていくはずだ。
これは当たり前のようだが、決して当たり前ではないことなのだろう。

どうして僕は降ろされず、彼は降ろされなければならないのだろう。
彼のほうがより切実な理由を抱えているはずなのに。

そんな思いに沈む自分をよそに、列車はアムステルダムへずいずい進んでいた。

アムステルダム駅は人でごった返す、でかい駅だ。

今回も駅のロッカーに荷物を預けようとしたところ、クレジットしか使えないという。
???!!

信じられない┐(´д`)┌という気持ちで一杯だったが、仕方がない。
オランダといえば金融立国でもある。信用が生きてくためには第一なのである。
そして俺にはcreditは皆無なのである、、

キャリーバッグを引きずりながら市内に繰り出した。
ちなみに現金もほとんどないので、トラムも使えない。
ぶいぶい歩いてくだけである。

まずは王宮前のダム広場へ。
大量の観光客と大量の鳩、以上みたいなスポット。

時間も限られてたので、市内をぐるっと歩くことしかできなかった。
ほんとは国立ミュージアムとゴッホ美術館に行きたかったのだが、
これはまたの機会に、ということになる。

ぱっと歩いてみた雑感としては、
アムステルダムもまた、そんなに美しい街ではなかった。
確かに運河の町並みは風情があるが、放置自転車の多さが景観を乱してるのと
ブリュッセルやケルン同様、微妙な治安の悪い感じがどこか漂う。
飾り窓地帯もその意味を知らずについつい通ってしまったのだけど、ちょっと引いてしまったのが率直な感想。


いろいろな国の物がショーウィンドウに並び、様々な人間が道を行き交う一方で、
その多様性を支えていた、本来あるはずの安定性が揺らいでいるのではないか、
そんな感覚がした。

もっとも帰り道で食べたフライドポテトは量が多くて、マヨネーズソースたっぷりでとても美味しかった。芋うまい。
それからチーズ店で試食したオランダチーズ、これも素晴らしかった。土産で買いたかった…
今回は食べられなかったんだけど、きっと名物のコロッケも美味しいんだろう。

ヨーロッパの現実がどうあれ、僕はヨーロッパ的なものに憧れ続けるだろうし、
また訪れるのだろうなあとは思う。

アムステルダム駅からスキポル空港へ、再び電車に乗って行く。
来た時と違って、空港にもだいぶ余裕のある到着だ。
出発ロビーで無料Wi-Fiを使いつつ、時間をつぶす。
AIR FRANCEにのってパリへ、そして羽田へ。

アーヘン、そしてケルン。(21/2/2016)

リエージュという大きな都市を過ぎるとドイツに入る。
ドイツに近づくと明らかに森が増えてきて、西ヨーロッパ平原のそれとは異なる風景になっていく。
少し日本の山林を思い出した。

アーヘンのHbf.を降りると小雨。この旅行中はずっと天気には恵まれなかった。
お祓いにいったほうがいいかもしれない。

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駅で帰りの切符を買い、ロッカーに荷物を預ける。
ロッカーのための硬貨がなかったから、駅の売店で水を買った。
せっかくドイツに来たし、とGerolsteinerをチョイス!

歩いて今回の目的、大聖堂に向かう。
かのカール大帝が築いた世界遺産である。
世界史オタクとしては垂涎もののスポット。

何でもアーヘンという街自体、非常に歴史が古い。
先史時代から、その温泉の存在ゆえに人が集住していたといい、
ローマの時代にも中心的な都市であったようだ。
その後、フランク王国カロリング朝)の時代にカール大帝により首都となり、
さらに神聖ローマ帝国の時代にも歴代の皇帝が戴冠を受けたのがここ。
18世紀のオーストリア継承戦争の講和の場所もここ。
さらにWW2後、米軍がドイツで最初に占領したのもここ。
これだけ長い時間、一貫して、歴史の舞台となっている場所も珍しい。


そしてカール大帝シャルルマーニュ)といえば、ゲルマン民族の大移動以後、初めて西ヨーロッパを統一した、すんごい王様なのである。
そんな彼が作り、眠るのがこの立派な大聖堂なのだ。

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サイズとしてはそれほど大きな場所ではない。
しかし非常に美しい、見事な聖堂で、息を呑んだ。

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宝物館を見学し、歴史博物館的な場所にも行ったが、どれもとても興味深かった。
悲しいかな、夕方にはケルンに行かねばならない。

駅に戻り、さらに東に行く列車に乗る。
お昼を食べる時間がなかったので駅の売店でホットドッグ的なものを買う。
とりあえずドイツ人はソーセージが大好きなんだ。

ケルンは駅前に、もうあのでかすぎる尖塔が見えちゃっているから面白い。
人がごった返している。

はやる気持ちをおさえ、まずは宿泊先の確保。
だが、今日も、最初のユースホステルで寝床が空いていた。
部屋に行ったら、6人部屋で一人若い兄ちゃんがいた。
ぼくがいなければ貸し切りだったわけだから、ちょっと申しわけなかったが。
(この兄ちゃん、ずっとMacをいじってたんだけど夜遅くまで電気消さないし、
めちゃめちゃ歌うし、普通に部屋で裸になっちゃうし、でちょっとびびった笑)

荷物だけ置いて、聖堂へ。
何だかもう感動慣れしてきてしまっているが、
まぎれもなく世界一立派なゴシック建築だろう!

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もう時間がなくて、ゆっくりは回れなくて、
堂内をざーっと見た後、ライン河沿いを散歩した。
夕飯はどうしよう。

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この時点でお金がほぼなくなっていて、夕飯に10ユーロも使えないような状態だった。
でもせっかくケルン来たしなあ、ドイツらしい何かを食べたくて、
街で一番大きなビアホールに入る。
頼んで出てきたのはケルンビールが一杯とソーセージ一本、そしてマスタードがアホみたいに入った坪だけ。これで9ユーロくらいだったかな。
さすがに辛い。
しかも、隣のテーブルには日本人大学生らしい男女4人組がいて料理と旅情をたっぷり満喫している風だった。切ねえ。

サービスもひどくてちょっと泣きそうだったけど、ぐっとこらえて宿へ戻る。
この街、治安はかなり悪そう。怪しげにぶらぶらしている目つきの悪い人たちが多い。乞食も多い。夜はちょっと怖い場所だ。

シャワーは比較的快適だった。
ドイツは基本的に清潔だし、設備がしっかりしていて日本と似ている。

翌朝、ホステル併設のカフェで朝食。
4ユーロだったが昨晩の夕食よりたっぷり食べられたので満足。

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昨日、時間がなくて行けなかった大聖堂の南塔のてっぺんまで階段を登っていく。
その数500段。

ゴシック建築というのは少しでも神に近づきたくて、、という思いでつくられたというけれど、
その高さたるや実際に足で登ると、果てしないものである。

階段をのぼりきっても塔のホントのてっぺんに行けるわけではない。
そこは人が行けるようにつくられた場所ではないから、ということだろう。

眼下に広がるライン川とケルンの町並み、ヨーロッパの地平線を目におさめた後、
地上へ向かった。

宿に戻り速やかに駅へ向かう。
いよいよ旅の終わりも近い。


雨のBrussel(20/2/2016)

以前のエントリでは何だか威勢よく終わらせたが、
実際にはスマホの電源がつかないのには全く焦った。
今回の渡欧の直前に購入した最新機種、Xperia Z5 Compactである。
こんなとこでおだぶつしてもらっては困る。

King's Cross St.のトイレ(もちろん有料)のコンセントを勝手に拝借して、こそこそ充電したりした。しかし、一向に反応無し。

スマホが使えないということは、GPSが使えないということであり、またホステル探しも地球の歩き方頼み、ということである。
初の海外一人旅としては、全く厄介な事態。

相変わらず先行き不安が絶えないなあ、と肩をすくめ、
ユーロスターの乗り場へ。

荷物検査はかなりの列。金属探知機には、毎度のごとくひっかかってしまう。
フランス系の人がやはり多いので、若干びびりながら列車を待った。

ユーロスターは、すぐ海にもぐるものかと思っていたが意外に長く地上を走った後、ドーヴァー海峡を越えていく。何にせよ、わりに退屈な特急列車なのだ。

フランスに入ってからは、イギリスとは趣の異なる景色で、ほうっとなった。
畑が広がり、風車が立つ。

リールを経由し、終点のブリュッセル南駅に着く。
まずは今夜泊まるホステルを探さねばならない。
第一候補はBruegelという名のYH。

曇天。南駅からブリュッセル中心部に向かうエリアは、何だか治安が悪そうな雰囲気がプンプンする。路面はボコボコ。建物もボロボロ。街は落書きだらけ。
イスラム系らしき婦人の物乞いを断り、キャリーバッグをひいてひたすら歩く。

全体に移民が多めの地区で、ごろつっきぽい人も多いので警戒しながら。
途中から小雨がポツポツ。

地球の歩き方のざっくりした地図しかなかったのだけど、何とか目当てのYHにたどり着いた。
大きな教会のすぐ隣りにある。
予約なしで空いているドミトリーがあるのか心配だったのだが、受付のお姉さんは快くOKしてくれた。
感動的なことにイギリスで聞いたどの英語よりも聞き取りやすい英語である。

部屋には先客が一人いた。わりに普通の人っぽい感じだったので安心する。
安全に夜を越す確証がないことが一番不安だったから、ここでの安心はとても大きかった。
メルシー、地球の歩き方

荷物をおいてブリュッセル観光に出かける。

観光地としても名高いBrusselだが、洒落たイメージとは裏腹に、
どこかの建物の陰から、常に誰かが見ているような気配のある、少し怖い街だった。
(まあ、雨宿りしているだけだったのかもしれないけど)

小便小僧を尻目に、グランプラス広場に向かう。
「世界で最も美しい広場」なんて言われているらしいが、まあちょっと盛ってるんじゃないかとおもう。確かに立派ではあるのだけれど。f:id:kb_kou:20160220143259j:plain
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市庁舎内のインフォメーションセンターで市内の地図を買い、作戦を練る。
ほんとはEU議会をぜひ訪れてみたかったが、その時間的余裕はなかった。

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Rue des Bouchersという高級チョコレート店でいっぱいのショッピングモールを抜け、
まずはSt.Michel大聖堂のカリヨンの響きを聴く。ここもゴシック式の立派な教会だ。
ちょうどミサをやっているところで、司祭がフランス語でお説教をしていた。

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雨に濡れながら、ロワイヤル広場をめざす。馬に乗った王様の大きな銅像が雨に濡れながら、ブリュッセルの街を見下ろしている。
階段を登っていくと、カラースプレーでめっちゃ落書きしている若者たちがいた。

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王室の威厳があって、とても立派なのだけど、どこかガタが来てるような危なっかしい感覚がこの街には常にある。

広場をあがりきると、王立美術館がある。
予定にはなかったが、これ以上雨に濡れるのも嫌だったので入ることにした。
せっかく買った市内地図は見事に役目を果たしびしょぬれのしわくちゃになっていた。

ここの美術館はルーベンスブリューゲルでとても有名だ。
実際、多くの作品があって楽しかった。
ケンブリッジでもとても良い博物館に行っていたので、ルネサンス以来の宗教画には少々飽きていたのだけど、そんな中、潮流に逆らい新しい題材と描き方を見いだしたブリューゲルはすげえなあと思った。

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この美術館はマグリットでも有名なので、見ればよかったと後で悔やんだ。

ヨーロッパの美術館はでかい。
外に出た頃にはいささか足がくたびれていた。
もう少し歩いて王宮の方へ。路面がボッコボコだ。お金ないのかな……


夜は肉屋小路でムール貝のアレを食べようと決めていた。
怪しげなお店ばかり。
日本人のツアー客がいたので着いていこうと思ったのだけど、彼らは既に食事の後だったみたいだ。

ちょっと迷ったがそこそこ雰囲気の良さそうな、お客もそれなりに入っている街角の店に入った。
11ユーロでムール貝のコースを出してくれると看板に書いてあった。
が、中に入って渡されたメニュー表には記載がない。
おかしいと思って周りをうかがうと、2人連れの客にはそのスペシャルメニューを渡していた。
これはカモにされかけてるな、と思い、あのメニューを見せてくれ、と店員に言う。
やっこさん、いかにもチェッという感じだった。

結果的には安く、ブリュッセル名物にありつけたので良かった。
勿論ベルギービールを頼んだ。そして、前菜は可もなく不可もないトマトスープ、メインはフリッツとムール貝、デザートはほんのちょっとのワッフルだ。
でもまずくなかったよ。ムール貝の量の多さには途中から作業みたいな気持ちにさせられたけれど。

そもそも今回、ベルギーに寄ったのは先学期に取っていた比較政治の授業で、教授が激推ししていたからなのだけど、言うほど洒落た場所ではないよなーというのが正直なところ。ただ観光地らしい猥雑さというか、賑わいみたいなものと、フランドルの趣きみたいなものはあって、面白い場所だとは思う。

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ホステルにもどったら、もう一人おっさんが増えていた。
体が悪いらしく、ベッドを変えてくれないかと頼まれ、引き受ける。

2段ベッドから降りるのに苦労していたから、手を貸したらとてもありがたがってくれた。
フランス語しかしゃべれないようだったが、何とかコミュニケーションを図ってくれたのが嬉しかった。

シャワーは固定されてて全身くまなく洗えないし、
最初、冷水しか出なかったのでちょっと萎えたけれど、まあ仕方がない。
ちなみにこの宿24.45ユーロで泊まった。3000円くらい。だからまあ、仕方がない。

夜は外から、騒ぐアル中たちの声も聞こえたけれど
疲れていたから、それなりによく眠れた。

次の日の朝は、お湯をうまく出せた。
ばかりでなく、スマホの充電を試みたら、なんと復活した。
こんなこともあるのである。
めちゃくちゃテンションあがって思わずその場でラジオ体操第一を踊った。

朝食も簡素だが十分で満足した。
大学生風のお姉さんがスタッフをしていたのだけど、綺麗で親切だった。

まだ夜は明けてなかったけれど、もうベルギーは去らねばならなかった。
イメージとの落差はあったものの、この頃にはもうブリュッセルの街が少し好きになり始めていた。

通りを歩くたびに甘くて高い小さな幸せに出くわし、人々が言葉を交わすたびにMerci!が聞こえてくる。
むろんその陰に貧困や差別が、あるいは粗雑な暴力、堕落があるとしても
それら全てを呑み込んで、なお賑々しく人が遊び、生きている。

そんな街だ。

タリスに乗ってドイツに向かう。
たまたま一等の席のほうが安くて、そっちを取ったので、快適なサービスを受けられた。
フランス流のもてなしは丁寧で素敵だ。

次はどんな街だろうか。

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Cambridge二週目(15~20/2/2016)

語学留学で2週間だけの滞在というのはそれなりに珍しいらしく、
クラスの友人や先生たちにはとても驚かれた。
心から残念がってくれる人もいて、僕もさみしい気持ちになる。

一般化するのは誤りなのかも知れないが、東アジア系と南米系の学生はとてもフレンドリーだった。
クラスに一人ブラジルから来たとてもかわいい女の子がいて、英語は一番できる子だったんだけど、彼女も今週で帰国してしまうという。

それから、一番仲良くしてくれた台湾人の友人、クラスで一番の長老だったやはりブラジルからきた陽気なおばちゃん(失礼か)も今週で帰国してしまう。

みんな、クラスのムードメーカーだったからお別れしてしまうのは悲しかった。
また一方で、この3人と一緒に学校を卒業するというのは、少し誇らしくもあった。
それだけ、いい人達だった。


せっかくCambridgeに来たのだからと思い、上のメンバーも含め学校の友人をPuntingに誘った。
憎らしいことに、その日に限って天気がいまいちで、寒々しい川下りになってしまったのだが、台湾人の彼はそれなりに楽しんでくれたみたいで、それが嘘でもうれしかった。

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Cambridgeを離れた後は、鉄道で何カ国か西ヨーロッパを周遊してアムステルダムから日本に帰る予定だったのだが、詳しくはノープランだったので、準備をしなければならなかった。

苦労したのはイギリスを出国するためユーロスターに乗るのだが、その予約がCambridgeの駅ではできない。本来はオンラインで簡単にできるのだけど、クレカがなってない僕はお呼びでない。最終的に、街の旅行代理店を何件かまわって現金決済可能なお店でチケットを取ってもらった。無論手数料として10ポンド余計にとられた。対応してくれたお姉さんはきっと大学生のバイトで今時、そんなオーダーをする客なんていないだろうから、割に適当な対応を受けたが、事情を話したらとても心配してくれた。それにしてもカードさえあれば、本当にヨーロッパ旅行は便利なのだが!

500ポンドほど親からは送金を受けていたのだが気づいたらあと200ポンドちょっとしか残っていなくて少し不安な気持ちになる。まあ何とかなるだろう。

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ホストファミリーと過ごす時間は楽しかった。
朝、自室でぼやぼやしてると心配して声をかけてくれる。
だいたい天気の話しかしなくて、まことに英国人らしいな、と思ったけれど
実際人に話さないとやってけないほど毎朝寒かった。(部屋はあたたかった)

一日が終わり、夕食の後は、紅茶をすすりながら、ひたすら一緒にテレビドラマをみた。
ソープオペラというジャンルがホストファミリーは大好きで、
EmmerdaleとかEastendersとか。あまり聞き取れなかったけど、Emmerdaleは何となく話の筋が分かって楽しめた。

時々ドキュメンタリーみたいなものもみた。
なんというかイギリスのテレビは全体的に、真面目でシンプルなつくりでいい。
それからよく素人を使う。

クイズ番組も毎日やっていて、飽きないんだろうかと少し心配になってしまった。

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ニュースではNHSの問題と、EU離脱・残留の是非の問題が一番ホットだった。
前者は日本ではあまり知られてないかもしれない。イギリスは全国民が基本的に無償で医療を受けられる。当然、医者への報酬は国がもっているのだが、その診療費用の改定をしたところ医者(junior doctor)がストライキをし、世論を2つにわる論争が起きていた。

後者は日本にもよく伝わっている。EU離脱を支持する国民も多い中で、キャメロンはいかに舵を取るか。EUとどのように交渉していくか。今夏に国民投票があるのだが、これがとても需要なメルクマールとなる。

イギリスに行って感じるのは、わりに自分の国や社会がどうあるべきかということについて関心を持っている人は多い。公の存在感がわりにある社会だと感じた。

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木曜と金曜はまだ行ってないCambridgeの観光スポットを歩いた。
最後にSt. Marysの高い塔の上から街を眺望し、別れを告げた。

繰り返しになるが、学校は先生もクラスメートもとても親切で優しかった。
最後は皆でハグし、記念写真を撮ったりした。
言うまでもなく、再び会えるのか分からない。

でもいつか世界を旅行して、向こうで再会したいと心に刻んでいる。


土曜の朝、駅までホストファミリーが車で送ってくれた。
恥ずかしいことにまた結構、泣いてしまった。

ロンドンに行く列車に乗る。また一人の旅が始まる。
トラブルに見舞われて心細い留学だったけど、Cambridgeにいる間はとても安心して過ごすことができた。感謝。

列車の中で、スマホの電源を入れようとしたら全く反応しなくなっていた。
前日にしっかり充電していたのだが……

一瞬、うろたえたが、なんとかなるだろうという前向きな気持ちもあった。

学校で最後に受けた授業では「風と共に去りぬ」のラストシーンをリスニングしたりしていた。
スカーレット・オハラも大変な境遇であったが、最後はこう呟くのである。

"After all, tomorrow is another day!"

Cambridgeの日曜日(14/2/2016)

日曜日はCambridgeで過ごした。教会のミサに参加したかったからだ。
といっても、市内に教会は大学内外あわせて幾つもある。
つまり街のそこここで礼拝が一斉に行われるわけで、日本の日曜とはまた違う落ち着いた雰囲気の休日の朝。

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語学学校の近くに歴史ありげな立派な教会があり気になっていたのでまずそこに。
なんとミサに行くのは初めてだったので、作法にとまどったが子供連れの家族が多く和やかな雰囲気だった。
式の開始をしらせるオルガンの音色とステンドグラスを通して差し込む太陽の光が感動的に美しかった。

ミサの後、City centreに向かおうとしたが、また別の教会の前でちょっと立ち止まったら中に誘い込まれてしまった。キリスト教にもいろいろあって、そこはBaptistの教会だった。最初の教会とは全く雰囲気が異なって宗教的というよりポップ。めっちゃ挨拶してくる。賛美歌も天使にラブソングを的なノリで何だか逆に入り込めないものを感じてしまった。このまま洗礼とか受けさせられたら大変なことになるので、途中で勇気を出して抜けた。君子危うきに近寄らず。

むちゃくちゃ雑に具材をパンに詰め込むSubwayでお昼を食べた後、Grand ArcadeでホストファミリーへのValentine Giftsと誕生日プレゼントを探した。もちろん自分自身のお土産も。手袋もせっかくなので買った。スコットランドラムウールで14ポンド。高かったかな。

今日の最大の楽しみはKing's CollegeのチャペルでのEvensongだったが、少し時間があったので、広場の近くのカフェでラテとマフィンを食べる。でかい。ただ、だんだんこっちの食事にも愛着が湧いてきたみたいだ。この、でかさと甘さは嫌いじゃない。

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Evensongはこれまた素晴らしかった。
St. Paulでは遠くからだったが、至近距離で聖歌隊の演奏を聞いた。
音響がべらぼうにいい場所ゆえに、ほとんど無駄な力を使わず歌うことができる。
ハーモニーも涙がでるほど美しい。

教会音楽はもともと紛れもなく神に捧げる音楽なのだ。
巧拙なんて問題ではなく、信心の深さと心からの感謝を表現するための、音楽だ。
初めて、本来の姿を知ったような気がした。

必ずやまた訪れようと思った。

そういえば、開場前に日本人の男子学生が話しかけてくれて、一緒に参加した。
せっかくなので、Trinity Collegeの観光(侵入?)に付き合ったりした。
別れ際に分かったが何と同じ大学の後輩であった。
世の中せまい。

たっぷりCambridgeを歩いた一日だった。
歴史があり、若者が多く、よそ者にも寛容な、とても良い街だ。