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怒りのアムステルダム(22/2/2016)

いよいよ旅の最後の地、オランダはアムステルダムに向かう。
ケルンから、ICEというドイツが誇るハイテク満載の高速鉄道を使ってゆく。
二等でも十分、新しく清潔で快適な客車。
(正直、ユ○ロスターとは次元が違う)

そういや日本には新幹線というものがあったが、あれは凄まじいものであったのだなあと気づく。
ドイツ人も含めヨーロッパ人はみな感動するんじゃないか。


ネーデルラントの"低地地帯"に入ると牧草と風車の景色になる。
しかし、眼を和ませたのも束の間、車内にちょっとした緊張がこの後走る。

入国後、最初の駅で私服姿の男女一組が乗ってきて、
パスポートの掲示を求めてきた。入国審査官だ。
あせって、荷物から旅券を取り出したのだが、
僕には目もくれず、僕の前に座っていた中東系と思われる女性連れに、詰問している。
しかし、彼女たちは英語がわからないようだ。

すると、さらに前方の離れた席から、少年がやってきた。
比較的、聞き取りやすい、しっかりした英語で答える。
親子であったらしい。
そして、パスポートは持ってないのだという。

理由を問われると、案外彼らは正直であった。
アフガニスタンからの難民である旨、母国から陸路、ギリシャまできて、そこから電車で乗り継いでここまでやってきたこと。オランダに行きたいのだが、身寄りがいるわけでないこと。彼自身は15才であること。

結局彼らは次の駅で降ろされた。
どこに連れて行かれるのかは分からないけれど、
送還か、何らかの拘束なり審査なりがあるのだろう。

いま西欧に中東から難民が押し寄せていること、
そしてオランダは近年、移民に対して厳しい政策をとっていたことは知っていたが、
その現実を目の当たりにした思いだった。

僕は不法移民か疑われもしなかった。
いろいろ事故はあったが、自分の国を離れ、こうして好きなように旅してきた。
そして自分の国に戻り、また比較的安全な日常を過ごしていくはずだ。
これは当たり前のようだが、決して当たり前ではないことなのだろう。

どうして僕は降ろされず、彼は降ろされなければならないのだろう。
彼のほうがより切実な理由を抱えているはずなのに。

そんな思いに沈む自分をよそに、列車はアムステルダムへずいずい進んでいた。

アムステルダム駅は人でごった返す、でかい駅だ。

今回も駅のロッカーに荷物を預けようとしたところ、クレジットしか使えないという。
???!!

信じられない┐(´д`)┌という気持ちで一杯だったが、仕方がない。
オランダといえば金融立国でもある。信用が生きてくためには第一なのである。
そして俺にはcreditは皆無なのである、、

キャリーバッグを引きずりながら市内に繰り出した。
ちなみに現金もほとんどないので、トラムも使えない。
ぶいぶい歩いてくだけである。

まずは王宮前のダム広場へ。
大量の観光客と大量の鳩、以上みたいなスポット。

時間も限られてたので、市内をぐるっと歩くことしかできなかった。
ほんとは国立ミュージアムとゴッホ美術館に行きたかったのだが、
これはまたの機会に、ということになる。

ぱっと歩いてみた雑感としては、
アムステルダムもまた、そんなに美しい街ではなかった。
確かに運河の町並みは風情があるが、放置自転車の多さが景観を乱してるのと
ブリュッセルやケルン同様、微妙な治安の悪い感じがどこか漂う。
飾り窓地帯もその意味を知らずについつい通ってしまったのだけど、ちょっと引いてしまったのが率直な感想。


いろいろな国の物がショーウィンドウに並び、様々な人間が道を行き交う一方で、
その多様性を支えていた、本来あるはずの安定性が揺らいでいるのではないか、
そんな感覚がした。

もっとも帰り道で食べたフライドポテトは量が多くて、マヨネーズソースたっぷりでとても美味しかった。芋うまい。
それからチーズ店で試食したオランダチーズ、これも素晴らしかった。土産で買いたかった…
今回は食べられなかったんだけど、きっと名物のコロッケも美味しいんだろう。

ヨーロッパの現実がどうあれ、僕はヨーロッパ的なものに憧れ続けるだろうし、
また訪れるのだろうなあとは思う。

アムステルダム駅からスキポル空港へ、再び電車に乗って行く。
来た時と違って、空港にもだいぶ余裕のある到着だ。
出発ロビーで無料Wi-Fiを使いつつ、時間をつぶす。
AIR FRANCEにのってパリへ、そして羽田へ。